【サウンドデザイン】Uさまの事例
デザイナーズハウスなる閑静な住宅街にあるお洒落な邸宅。
依頼内容は部屋が響きすぎてピアノが弾けない。
調律すらまともに出来ない。
U様 「何とかなるでしょうか?」
私 「とりあえず伺います。」
U様宅訪問
家に伺い、部屋を拝見して腰が抜けるほど驚きました。
お部屋は、床がパンチカーペット、壁がコンクリートと大きなフィックスガラス、天井もコンクリート、ドアは鉄扉のドア、そして木製のクローゼットです。
全てが反射性の材料で作られた部屋でした。
駐車場の中にピアノを置いて弾くのと大差ない状態です。
「遮音性には問題ないので、音響を整えれば良い音楽室になります。」と、答えたものの
『一体どうしたら良いのだろう???』と、頭の中で?マークの嵐です。
ピアノはスタインウェイのアップライトピアノですごく良く鳴る。
音圧と音色はグランドピアノ?と思えるほどのものです。
家の建築が決まってから購入されたそうです。
グランドピアノが置ける部屋の大きさなのに、何故アップライトピアノにしたのか不思議に思い尋ねると、
ドア幅が狭くドアからピアノの搬入が出来ず、フィックスガラスのガラスを入れる前にピアノを入れ、
ピアノ搬入後にガラスを入れたとの事です。
すなわち、今後はガラスを割らない限りはピアノは出せない。
⇒もし仕事を受けたらピアノがある状態で施工しなければいけない。
部屋の音響といい、ピアノの搬入といい、楽器と音響に知識や経験が無い設計士が設計した結果、このような状態になってしまうという一例ですね。
(ちなみにこの家は住宅雑誌に載ったそうで、このピアノ室もお洒落な部屋として紹介されたそうです。)
普通に話しても反響が強い部屋で、某社の調音パネルを3枚入れておられましたが、あまり効き目はなかったようです。
依頼内容を整理する
ピアノを置いたまま音響を整える。
しかも良い音環境に(!)
インテリア性は抜群なので、ピアノさえ出せれば他の部屋をピアノ室にして、この部屋は書斎などの居室にすれば良い。
しかし、ガラスを割る事など出来ないので、兎にも角にも現状で出来る事をする事。
(この時点では一体いくらの価格になるのか予想もつきませんでした。)
まず、残響時間時間を計算
最初に行ったのは、現状の室の残響時間計算です。
計算をグラフ化したものです。
青い線が現状です。
不均一に各帯域で残響が長いのが分かります。
これがコンクリートの特徴となります。
かなりバラバラです。
ピンクが無理やり改善した残響時間です。
現状の部屋の床・壁・天井の全てを触れば更に改善は可能だが、予算の兼ね合いとピアノを置いたままという条件のため、全体の残響時間の調整はここら辺が限界かと。
中域から高域までをなるべく均一に、高域のみ少し残響を短めに、低域はやや残響を長めにと考えて目標の残響時間を決めていったのですが、低域の残響時間がどうしても長い。
でも吸音率をこれ以上あげると、中域から高域に影響が出てしまいます。
試行錯誤の上、耳に入射する音を調整する方向で設計を開始しました。
トライ
低域125Hzと特に250Hz帯のみを吸音するパネルを作る事にしました。(特に250Hz)
いくら残響時間が良くなっても、各帯域の音のバランスを整えないと音は良くならないわけです。
そして室のどこでも同じ音に聞こえるように、拡散音響も考えます。
問題点の整理
この部屋には3つの問題がありました。
1.ブーミング ・・・ コンクリートの空間では、低域が不自然に響く現象
2.定在波 ・・・ 室の場所により、音の大きさが違って聞こえる、室の寸法比により現れる現象
3.フラッターエコー ・・・ 反射音同士がぶつかりあい、不快なうねりを生じる現象
これらをクリアーし、程よい残響とし、かつ、奏者の耳に良い音を届けるように音をデザインするのが今回の仕事です。
ピアノについての再認識
お客様がお持ちのピアノはスタインウエィのアップライトピアノ。
低域が太い豊かな倍音を感じられるグランドピアノを思わせる、良く鳴るピアノです。
極力響きを抑えた、均一にデッドな音響がこのピアノの魅力を発揮できると判断しました。
実施設計
元々はこのようにピアノは配置されていました。
それをこのような配置に提案しました。
様々な条件を考慮して位置を決め、設計したものです。
条件とは予算・工期・パネル取り付け位置などです。
見積書も5回ほど書き直しました。
初期営業から施工まで半年ほど掛かりました。(文章で書くと一瞬ですが)
実践です(天井から)
床をカーペットからフローリングに変更し、天井を吸音とするため天井パネルを設置しました。
※この天井パネルは最初製作するつもりだったのですが、予算の兼ね合いがあるため付き合いのある旭フェザーグラス社の製品の中でほしいデーターに近い素材を選びました。
受注生産で納期2ヶ月でした。
※良い音を作る時は床は基本的に反射性となります。
床からの一次反射音を天井で受け止める事になります。
(コンサートホールは例外なく床が反射性で、天井が高いのはそういう理由です。)
次に壁です
今回のサウンドデザインの1番のポイントが、壁のパネルの設計と製作でした。
壁というのはホールでもない限り、普通は正対しています。
普通の部屋は上から見ると長方形か正方形です。
という事は壁に音がぶつかると、反射して跳ね返るわけです。
壁は4面あります。
4面の壁からの反射音が同時にぶつかると、不快な響きになってしまいます。
反射音を受け止めるパネルや、音が偏らないように拡散するパネルや、音の方向性を決めるパネルをデザインして、適正配置するのがとても大切です。
ただ単に出来上がったパネルを適当に配置しても、良い音環境は作れません。
今回の仕事では、機能の違うパネルを5タイプ用意しました。
正しく楽器の位置やら反響する部分を計算する事が重要となって来ます。
こんなパネルを製作しました。
※色を揃えるため旭フェザーグラスに頼み、生地を教えてもらいその生地を入手して使用し製作しています。
このパネルは音を拡散する目的と、低域を吸音する目的です。
この形の意味はパネル自体で音を散らしてしまう事。
ピアノの両サイドに位置し、ピアノの反射音をピアノの背面の壁より天井及び残りの壁3面に届ける役割です。
2種類の大きさの物を作っています。(このパネルの中には水道管のようなパイプを仕込んでおり、長さ、太さ、取り付け位置を変えています。
前述の125Hzと250Hzに対する対策です。
床からの反射音と壁からの反射音により取り付け位置とパネル内容を決定しました。
このパネルを要約すると、ピアノの両端にセットして壁からの反射音を拡散する事と、響いて欲しくない低音の吸音に使用という事になります。
三角形のパネルはコーナーに設置して、低域吸音と音のたまりを防ぐ目的で製作しています。
もう一つのコーナーには大きさの違うパネルを設置しています。
平べったいエアコンの下に位置する3枚と、ピアノの横に位置するパネルは吸音目的です。
ピアノ横に見える2枚も同じです。
天井のパネルを壁面用にしています。
平べったいこのパネルをここに配した理由はピアノの反射音(演奏者の背面の壁)を吸音する事により、音がぶつからないようにしている事です。
※中域から高域に掛けての吸音率をデーター上で確認して素材を選び、旭フェザーグラスよりサンプルを送ってもらいました。
送られてきた実際の素材で検証した後、採用決定しました。
天井面については、既存の天井よりパネルまでに隙間を設けて(背後空気層)吸音力を調整しています。
※黒いのは電子ピアノです。
生ピアノが弾けないので、ヘッドフォーンで電子ピアノを弾いておられたそうです。
電子ピアノはドアからも搬入出来たそうです。
悲しい話しです。
設計士は施主様への責任を感じながら設計に励むべきです。
自己満足の家のデザインなど言語道断です。(私も気をつけます)
完成です。
完成の次の日にピアノの調律に来て頂き、調律に立ち合わさせて頂きました。
この部屋の音響に合わせて音を整えてもらいました。
※この仕事の最大の功労者はパネルを製作したスタッフだったかもしれません。
彼は横で騒ぎ立てる私を尻目に、首をひねりながら設計図を元に製作にいそしんでおりました。