典型的な6帖洋間のサウンドデザイン【Nさまの事例】

【サウンドデザイン】Nさまの事例

お子様お二人も成長され、好きなピアノを思い切り弾きたい。
しかし部屋の響きが悪い。

有能なピアノ技術者のA氏から相談されN様宅に伺いました。
(ちなみに御本人はアマチュアですが、国際的なピアノコンクールで後年優勝されました。)

 

N様宅訪問

最初に訪問した部屋の写真です。洋間の6帖です。

この時はまだアップライトピアノ所有で、欲しいグランドピアノがこの部屋に対して大きすぎる ⇒ 響きが強すぎて、音が大きすぎて、置いても駄目ではないかと不安を持っておられ、A氏もその危惧を抱き、私にお鉢が回ったわけです。

フローリング、壁・天井クロス、フラッシュ建具に掃き出しサッシと典型的な洋間です。
およそこのような部屋にグランドピアノを置いて良い響きにはまずならない。

ではどうするか。
最初に行うのは徹底的なお客様との打ち合わせです。

どのような曲を弾くか? どんな作曲家が好きか? 好きな演奏のCDは?
どこのホールで聞いた誰の演奏のコンサートが気持ち良かったか?

多義に渡るので時間を掛け、ゆっくりとこのような聞き込みを行います。

お好みの音を探る

お好みのCDを何枚か借りて帰ります。
音のイメージを確かめるためです。

私は昔からそうですが、音楽を楽しむ時は普通以上の音量なのですが、分析する時はヘッドフォーンでボリュームを絞り、微かに聞こえる程度で聞きます。
そうすれば微妙な音像が私は分かると思っています。

その作業が終わった後は、N様を紹介頂いたピアノ技術者A氏の工房、A氏が所属する会社のショールームで、A氏の会社の音楽教室、そして私の自宅(家内が某社所属のピアノレスナーです。)で、N様に様々な場所でピアノを弾いてもらい感想を聞きます。

ここまでの作業でどのような音創りをすれば良いかの6割方を決定します。

 

音創り

私個人は耳は良くありません。ハードロックが好きなので、エレキギターの歪んだ大音量が好みです。
従い自分の耳は当てにせず、お客様の所感を全て数字にする作業です。

例えば、Hz600~615=V92 S43 位相をずらす。 Wはややブーストなどです。
正式な方法はどの文献にもないので、自分だけが分かるメモとなります。

この作業の繰り返しの後、設計作業となります。

最初に行うのは、6帖の現況を数字とグラフに直します。
これがそのグラフです。

青い線が原状です。
かなり残響時間が長く、音楽室としてはしんどい状況です。
(実は低域は短かすぎます。これが石膏ボードの下地などの特徴です。)

ピンクの線が改善の残響時間です。
これはRT=0.161V/-Sloge(1-∂)+4mVという基本的な公式です。

本当は(1-の後はアルファーバーという記号になるのですが、そのような記号がないためここで記載していません。(作らないといけないので)

※改善の残響時間も、そのお客様にはベストではなく、あくまでおおまかな残響時間となります。
ここにも手を加えるわけです。

 

音響部材の作成

設計を何度か繰り返した後、方針を決めます。
防音ドアなどを製作している和田に図面を渡し、作業に立会いながら各音響部材を作っていきます。

まずは天井に取り付けるパネルからです。
天井面を最初に行うのが基本となります。

部屋のインテリア性があるのですが、予算の事もあり、お客様にどこまでの仕上がりでOKかをうかがう事にして、決定したものを元にしてからの部材製作となります。

 

今回のサウンドデザインの場合は、基本的に音響部材の仕上げ材には布を使用します。
クロス(壁紙)は裏打ちがあるため使えないのです。

布の生地の厚みも考慮して内部を決める事になります。
※設計はヘルムホルツの理論を基本として行いますが、それ以外の部分は私のオリジナルのアイデアを用いてます。
(しつこいですが、そのような文献がないので)

 

オリジナルのアイデアとは細かく書けばいくらでも書けるのですが、簡単に言うとピアノのような固定楽器の場合、奏者の耳の位置は座った椅子の位置になります。
奏者の耳にどのような音を届けるかがポイントになります。

極論すれば部屋全体の響きではなく、奏者の耳に入る音が重要になると思っています。
従い部屋全体の残響時間は目安にしかならないと私は確信しています。

ここにもし観客席がある場合は、観客の耳にも同じように整えた音を届ける作業となります。

音響部材の取り付け

天井と壁に施した写真です。
(私の仕事場にある資料をかき回したのですが、写真があまりなかったので申し訳ありません。)

天井と壁の間に三角のパネルが見えます。これは音の位相をコントロールするパネルです。
直接の音の入射を変える機能を持たせています。
写真はA氏の後ろ姿です。

部屋の3箇所の天井と壁の間にこのパネルを設けていますが、取り付ける位置によって機能も大きさもそれぞれ少しづつ変えて作成してあります。

壁面にあるのも音響のパネルです。
拡散・吸音・反射を計算したパネルですが、細かく言えばどの帯域の音を反射し、どの帯域の音を吸音し、その反射のレベルをどのくらいに設定し、どの位のレベルを吸音するかを考えて設計しました。

長方形・正方形の部屋の場合はコーナー(部屋の隅)に音が溜りやすくなります。それを改善するためコーナーの音は拡散します。
※コンサートホールなどで直角部分がない事なども、この考えに近い事になります。

音というのは季節・温度・湿度・ピアノの状態などで変わります。
お金によって出来る事が限られてきます。(悲しいのですが)

この仕事では最初に天井にパネルを設置し、ピアノを搬入し、A氏に調整してもらい、お客様に弾いてもらい、ひとまず終了。
そこから一ヵ月半後に壁面に取り掛かりました。

最終工程がピアノ下のパネルです。
これで終了ですが、各工程にはいつも最後はA氏によるピアノの調整です。

優秀なピアノ技術者は部屋の音を聞きながら、お客様の希望を聞きながらピアノのチューニングが出来ます。
A氏と常に綿密な打ち合わせを繰り返しながら、調律時に私もどんどん注文を出します。

以上のように、ピアノのようなサウンドデザインの例は、お客様、ピアノ技術者、そして私がチームを組まないと出来ない仕事になります。

私もA氏もお客様の心の中はわかりません。
だから想像力を駆使して、臨むしかないのがサウンドデザインとなります。

私個人はその部屋に納まる楽器であれば、その部屋に対してその楽器は大きすぎると思っていません。
奏者と観客の耳に、心地よく音が入るようにしてやれば良いだけだと考えています。

サウンドデザインには無限のヴァリエーションがあります。
次回はもっと変わった事例をお見せします。
パネルを使わずサウンドデザインした例もいずれお見せします。